2008年1月13日日曜日

国立博物館

福岡県太宰府市にある、九州国立博物館に行ってきました☆
高速道路は使わずに下道を走ること2時間弱・・・
峠を二つ越えてようやくたどり着きました!!

現在、「京都五山 禅の文化」展が開催されています
鎌倉時代後期から広がり、室町時代には将軍家を中心に拡大をみせた禅の文化。
特に、金閣に代表されるように3代将軍足利義満の時の北山文化で最も栄えたといえるでしょう☆

京都五山とは、中国に倣って制定された五山制度の頂点に立つ寺院のことで、いろいろ変動はあったものの、1386年に五山之上南禅寺、第一位天龍寺、第二位相国寺、第三位建仁寺、第四位東福寺、第五位万寿寺で確定したものです。

今回の展示では、禅文化の成り立ちや夢窓派の台頭、将軍家のかかわりなどテーマごとにタイトルがつけられていました。以下のとおりです。
  • 第1章:兼密禅から純粋禅へ・・・栄西が日本に禅宗(臨済宗)を伝えた当初は、仏教の保守勢力が強かったこともあり、全集専門の道場はなく、天台密教などを兼修することで対立を避けていました。
  • 第2章:夢窓派の台頭・・・鎌倉幕府後、政権を担った足利氏は禅に帰依していた。その精神的支えとなっていたのが「夢窓疎石」である。その疎石から春屋妙把へ受けつがれ、夢窓派はいよいよ大きな勢力となっていく。
  • 第3章:将軍家と五山僧・・・足利家と五山の僧侶たちは密接な関係を持っていた。義満は春屋に6歳の時に「受衣」を行い、仏弟子となっている。五山僧は将軍や管領をはじめとする、武家の心の師であった。
  • 第4章:五山の学芸・・・禅僧は、宗教家や政策ブレーンだけではなく、知識人として学芸の担い手でもあった。詩文では、中国禅林の影響を受けつつ、五山文学を高めた。また、絵画でも詩と絵画を組み合わせた「詩画軸」を中心に活躍を見せた。
  • 第5章:五山の絵画・仏像・・・禅宗では、仏像に礼拝するより、自らの中にある「ほとけ」を見出すための修行を重んじるが、「悟り」を重視するための仏像も存在していた。例えば、達磨などは代表的である。
今日は3連休の真ん中ということもあり、大変な人出でした。。。
流れが出来てしまっていたので、ゆっくり鑑賞するのがかなり難しい状況でしたが、タイミングを計ったり、順番を変えてみたりしながら、2時間超かけて満足がいくまで鑑賞することが出来ました☆

普段、仏像とかをよく見る人ではないので、何がどうとか詳しい感想は言いづらいですが、同じ仏像でも様々な角度で見ていると、いろいろな表情があることが分かり、大変おもしろかったです!!

京都五山の特別展以外にも、通常展示もあったんですが、五山展だけでへとへとになってしまい、ほとんど見ずに帰ってきてしまいました(・。・)

最後に、記憶だけでは心もとないと思い、図録を買いました☆
展示換えの関係もあって今日は見られなかったものもあるし、詳しい解説も載っているので、暇な時にぱらぱらとめくって思い出してみたいなと思います!

今日は、なかなか有意義な週末を過ごすことが出来ました。
明日は小倉にお買い物でも行こうかなと考えています☆